【MEGA】僕たち一人ひとりがブランドだ。


 

こんにちは。MEGAです。

 

 

ブランディング」という考えなるものがあります。

例えば、

コンビニに行って、知らんメーカの水と有名なメーカーの水を買うんだったら、

有名なメーカーの水を買いますよね。

それです。

 

例えば、

カバンと言うものは、「モノを入れて運ぶ」という機能を持っていますが、

ブランド品、それ以外品、どちらも同じ機能を持っているのに、ブランド品のモノを選んで買う。

それです。

 

つまるところ、ブランド品と言うものは、

迷ったときに選ぶことを助けてくれる指針』ということではなかろうかと。

 

 

スポンサーリンク

 

ブランド力を上げれば、信頼される

 

ブランドが『迷ったときに選ぶことを助けてくれる指針

 

というのなら、

自分自身にも活用できるのではないかと。

 

あー悩んじったー誰かに悩み聞いてもらおう

 

というときに、

 

ゴミををポイ捨てするし、店員さんにタメ口を聴いてしまうAさん

 

いつも朗らかで、店員にも親切に接するBさん

 

どちらを悩み相談の相手に選びますか?

極端な例だと思いますが、迷うことなくBさんを選ぶと思うんです。

 

ブランド』と言うのは、

プラス面でもマイナス面でも効果を発揮しまして、

Aさんのように日々の生活のなかでマナー違反とされる行動を取ると、

マイナスブランドとして周りに認識されるんですね。

 

逆に、ゴミを拾ったり、丁寧な言葉づかいを意識していると、

周りもプラスブランドとして認識していきます。

 

古代ギリシアの彫刻家の話

 

昔の昔、そのまた昔。

紀元前490~430年ごろにフェイディアスという彫刻家がいました。

パルテノン神殿の建設の総監督を務めたとされています。

 

この方が丁寧な仕事人でして。

 

依頼人「おいフェイディアス。神殿のてっぺんの彫刻のことだが、背中の彫刻までこだわり過ぎじゃないか?誰もみないぞ?請求からその金額は払わんぞ。」

 

フェイディアス

「そんなことはない。神々が見ている」

 

と言ったんですね。

「フェイディアスわがままかよ!!」

と思われそうですが、この言葉、ドラッカーの書籍「プロフェッショナルの条件」にも出ていまして、

 

職人として、「誰も見てないからいっか」という理由で芸術を世の中に出すときに、

それを僕たちが見て心揺さぶられるのか、と。

 

プロフェッショナルとしては、徹底的にこだわる姿勢が世の人々を魅了するのではないかと思います。

 

祖父の話

 

十年ぐらい前に亡くなってしまいましたが、

僕の祖父は個人で水道工事の仕事をしていました。

 

で、小さいときに工事の作業を見学させてもらったことがあるんですが、

幼心で見ても丁寧だったんですね。

 

住宅建設のときに庭にパイプを通す作業だったんですが、

その穴を掘るにも水平版を使って調節して整えます。掘った穴にも小石などゴミは丁寧に取り除いていまいた。

結果としてはパイプを設置してまた埋めてしまうのにですよ?

 

祖父曰く

「ここで埋めてしまうからと言って、どうでもいい作業をすると10年~20年後、破損すして水漏れのリスクが高まる。だから丁寧にやるんだ」

 

と言っていました。

 

そのときの大工さんも「自分の家を建てるときは祖父に頼む」とも言ってました。

 

いや~今思い出すと祖父は職人だな、と思います。

同業者に近い人からそんな話がでるって究極に近いですよね。

 

フェイディアスと祖父が繋がった瞬間でした。

「神々が見ている」状態ですよね。

どっかの誰かがその行動をどっかで見ているんですよ。

 

ブランド力を上げるには

 

ブランドと言うものは、ブランド企業だけのものでなく、

僕たち一人ひとりに対しても当てはまると思います。

 

ゴミをポイ捨てしてしまうのか、拾うのか。

店員さんにタメ口きいてしまうのか、親切にするのか。

 

日々の積み重ねでブランド力というものが成り立っていくと思います。

 

帰ってきたら靴をそろえる。

一日一回は「ありがとう」と言ってみる。

 

そんな日々の積み重ねが僕たちのブランド力になっていきます。

 

 

「神々は見ている」

 

宗教上の考えでなく、

その行動はどっかの誰かがその行動を見ていますよ。

という話です。

 

では。

 

【MEGAの注目記事】

 

スポンサーリンク