毎朝、時間通りに出社し、上司の顔色をうかがい、同僚とのバランスを取り、後輩には指導も必要になる。
そんな日々の中で、ふと「自分は何のために働いているのだろう」と立ち止まってしまうことはございませんか。
仕事は嫌いではないし、むしろ責任感をもって取り組んでいる。
それでも、家に帰るころには心身ともにすり減り、やりたかったはずの副業の情報をスマホで眺めるだけで、何も手につかない。
「自分には無理かもしれない」「また明日でいいや」──そんなふうに、少しずつ自分の気持ちを置き去りにしてしまうこと、あると思います。
そんなあなたにこそ、ぜひご紹介したい作品があります。
鬼との激しい戦い、圧倒的な映像美、そして迫力あるアクション。
確かにその側面も魅力ですが、それ以上に印象的だったのが、“猗窩座(あかざ)”というひとりの男の生き様でした。
本記事では、猗窩座というキャラクターを通して描かれる
「努力してきたのに報われなかった人間の姿」
「強さを求め続けた果てに見えたもの」
──そうしたテーマを、会社員として日々葛藤を抱えている皆さまの日常に重ねながら考察してまいります。
どうか少しの時間だけ、ご自身の“心の内側”と向き合ってみてください。
もくじ
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猗窩座の物語|“誰かを守りたかった男”の転落

『鬼滅の刃』に登場する猗窩座(あかざ)は、上弦の参という強大な力を持つ鬼として描かれます。
圧倒的な武力と攻撃力を誇り、「強さこそがすべてだ」と信じて疑わない彼は、鬼殺隊の柱や主人公・炭治郎と激しくぶつかります。
一見すると、冷酷で非情な戦闘マシンのようにも思えるかもしれません。
しかし、その裏には、深い喪失と孤独、そして自分自身との葛藤がありました。
彼がまだ人間だったころの名は、「狛治(はくじ)」。
幼い頃から病弱な父を支えるため、貧しい生活の中で必死に生きていました。
力を得ることで誰かを守りたい。
大切な人を、二度と失いたくない。
その一心で鍛錬を重ね、素直でまっすぐな青年へと成長していきます。
やがて出会った恋人・恋雪(こゆき)との穏やかな日々。
「ようやく守るべき場所ができた」と感じた矢先──
ある日、突如としてその幸せは奪われてしまいます。
恋雪とその父が毒殺され、狛治は絶望に沈みました。
やり場のない怒りと悲しみを抱えたまま、彼は無惨によって鬼へと変貌させられます。
そして彼は誓います。
「もう誰も信じない」
「二度と弱さには戻らない」
「強く、強く、なければ」
それ以降、猗窩座は“強さ”のみを信じ、弱い者を否定し、愛を拒み続ける鬼として長い時を生きることになります。
しかしその強さの裏側には、「もう傷つきたくない」「また失うのが怖い」といった誰よりも繊細な心が、閉じ込められていたのです。
──まるで、「理不尽な経験から心を閉ざしてしまった、かつて優しかった人」のように。
なぜ猗窩座は“救われた”のか?──逃げ続けた先で見えた“本音”

猗窩座は「強さ」を得ていくことで、自分の弱さを封じ込め、心を守ってきました。
しかし、それは同時に、「守れなかった自分」を見ずに逃げ続けた生き方でもありました。
炭治郎からの叱咤と問いかけ
最終局面、炭治郎は猗窩座の思想に対して強く反論します。
「お前の言ってることは全部間違ってる。
お前が今そこにいることが、その証明だ」
「強い者は弱い者を助け、守る。それが自然の摂理だ」
炭治郎は、猗窩座の「弱者否定」に対して、「生まれてきた時は誰もが弱く、人に助けられて成長してきた」と反論します。
その主張は、「強さがすべてだ」という思想の根拠を崩すものでした。
猗窩座の内面の変化
炭治郎の言葉は、猗窩座の中で封印されていた“狛治”としての記憶を揺さぶります。
忘れていたはずの恋人・恋雪や父の顔が浮かび、守りたかったという原点の願いが蘇ります。
猗窩座自身も、
「鬼になって記憶を無くし、また俺は強さを求めた。
守りたかったものはもう何一つ残っていないというのに。
百年以上無意味な殺戮を繰り返し、何ともまあ惨めで滑稽でつまらない話だ」 。
その言葉には、長年にわたり蓄積されてきた孤独と後悔、自責の念が深く刻まれています。
自らを終わらせる選択
最終局面、無惨の細胞によって再生が進められる中、猗窩座はこう宣言します。
「俺はもう戦わない。終わらせるんだ」
この瞬間、猗窩座は「誰かを守ろうとした人間“狛治”」として、初めて自分自身を受け入れ、意志を持って人生を終わらせることを選びました。
それは単なる敗北ではなく、ずっと封じ込めてきた“弱さ”と向き合った末の肯定と赦しでした。
結果として、猗窩座は鬼である以前の“人としての自分”に還ることができたのです。
日常の“弱さ”にどう向き合うか?

猗窩座の物語は、決して遠い世界の出来事ではありません。
むしろ、私たちが日々の生活の中で直面している「小さな弱さ」と地続きのテーマを扱っています。
たとえば、こんな瞬間はないでしょうか?
- 「やるべきことがあるのに、スマホをいじってしまう」
- 「本当は言いたいことがあるのに、波風を立てたくなくて黙ってしまう」
- 「副業を始めたい気持ちはあるのに、結局手が動かない」
こうした状況を、「甘え」や「意思が弱い」と片付けてしまうのは簡単です。
しかし猗窩座の姿が教えてくれるのは、**“弱さは、ただの欠点ではなく、その人が大切にしてきたものの証”**だということです。
「欲に負ける自分」は、本当にダメな自分なのか?
猗窩座は、「強くなければ守れない」という信念にすがりついて生きてきました。
その根底には、「もう大切な人を失いたくない」という切実な願いがありました。
私たちの日常でも、何かに負けてしまうとき――
それは決して「だらしなさ」だけが原因ではなく、
- 本当は休みたかった
- 失敗が怖かった
- 誰かに否定されるのがつらかった
といった感情や疲れ、恐れが背後にあることも少なくありません。
自分の弱さを否定するのではなく、「なぜそうなったのか」と静かに問い直す。
それだけで、少し心の重さが軽くなることもあるのではないでしょうか。
向き合い方のヒント(猗窩座から学ぶ3つのステップ)
1|“責める”より“観察”を
「またやってしまった」と自分を責めるよりも、
「なぜ自分は今そうしたのか?」と、一歩引いて見つめてみること。
→ 猗窩座も最期に、炭治郎の言葉や恋雪の面影を通じて、初めて自分の動機と向き合いました。
2|“本当の願い”に気づく
何かに逃げたくなるときは、たいてい「守りたいもの」や「安心したい気持ち」があるものです。
→ 猗窩座が戦っていたのは、愛した人たちとの記憶を失いたくなかったから。
3|「小さな行動」で取り戻す
一度にすべて変える必要はありません。
「今日は5分だけでも副業のネタ帳を開いてみる」
「明日は、いつもより1つ少なくてもタスクを終わらせてOKとする」
→ 小さな選択を通じて、自分の人生を取り戻すことができます。
“弱さ”とは、本来「大切な何かを守ろうとする心」の裏返しなのかもしれません。
猗窩座が最期にたどり着いた「自分を赦す」という境地は、
私たちが日常の中でつまずいたときにも、確かに必要な視点だと感じます。
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おわりに|弱さを抱えて進む、それが本当の強さ

猗窩座の生き様は、最強の敵の一人でありながら、最も人間らしく、そして最も哀しいものでした。
彼は、誰よりも真面目で、誰よりも優しかった。
だからこそ、大切なものを守れなかったとき、その「弱さ」に耐えられず、自分自身を壊してしまったのです。
けれど、最期の瞬間。
彼はその弱さを認め、逃げるのをやめ、自らの意志で終わらせるという選択をしました。
鬼ではなく、“狛治”として死ぬことを、自分自身で選んだのです。
私たちもまた、
・上司との関係に疲れ、
・やりがいを見失いかけ、
・何かを始めたいと思っているのに動けない
──そんな「弱さ」に揺れながら生きています。
でも、猗窩座が示したように、
“弱さに気づき、向き合い、それでも歩みを止めない”ことこそが、本当の強さではないでしょうか。
副業に挑戦すること、
職場で本音を言うこと、
日々の中で自分を守る小さな選択をすること──
それらすべては、自分自身を取り戻すための第一歩です。
誰かを守りたい。
自分の人生を、もう一度、自分の手で歩みたい。
そんなふうに思えるときこそ、
あなたはすでに“強さ”を持ち始めているのだと思います。
どうか、今日もひとつ、自分の気持ちに正直な行動を。
猗窩座の生き様が、その背中をそっと押してくれるはずです。
ありがとうございました。
また次回
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