MEGAのプロフィールをご紹介


【2017.5.12:記事統合】

【2017.7.23:加筆修正】

【2017.8.13:本文微修正】

 

こんにちは。はじめまして。

MEGAと申します。

初めて訪問された方に、自己紹介なぞをしていきたいと思います。

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MEGAのプロフィール

29歳。茨城県出身。

現在は茨城県古河市在住。

 

一般企業で会社員をしている傍ら、

中古車を“下取り”より“買取屋”より高く売る中古車事業組合に所属し中古車売却代行を展開中。

現在の主な仕事は

  • 福祉施設職員
  • 中古車売却代行
  • 個人店舗に集客等のアドバイス

などなどをやっております。

  • A型 やぎ座
  • 趣味は読書、一人映画
  • 好きな言葉:「できることはないか」ではなく「できることは何か」で考える。

少年時代

物心付く前に両親が離婚。

一人っ子で祖父母の家に預けられて育つ。

祖父母宅での過ごし方といえば、スーファミ、ファミコン、ゲームボーイ・・・・

もともと母がかなりの漫画好きということも相成って、自分もマンガ三昧の日々。

この時からずっと読んでいる、数多くのマンガの「知識」であったり「考え方」が今の僕の基礎になっている気がします。

小学生時代は体が弱く、学校休みがちでした。

母も僕が「一人っ子」ということで色々思うこともあったようで、水泳、サッカー、空手、剣道・・・

当時色々なスポーツをやらせて頂きました。

が、

飽きっぽい性格が災いして、続かず・・・

一番続いたのが水泳でした。(一応、四泳法できます)

小学生時代は自分の病弱体質にかこつけて、特に体調もそれほど悪くないのに、

学校を休んでは、家でゲーム、マンガを読んでばかりのときもありました。

 

当時の担任の先生もそれを見透かしてか、

MEGAくん、この調子で休み続けると、中学校に上がれないよ

と義務教育の真っ只中で、ありえないような脅され方をされる始末。

 

その教師の言葉に子供心ながら震え上がりますが、相変わらず学校休んでは家でゲームをしていました。笑

なんとか、地元中学にあがり、なんの部活にしようか、悩みます。

 

当時『テニスの王子様』が流行っていた時期でもあり、テニス部に入部。

しかし、

入って一ヶ月目で、球技、チームプレイというものが圧倒的に苦手なことに気付き、退部を願い出ます。

そして、すぐに柔道部に入部。

個人競技が性に合っていたのか、卒業まで続きました。

大会でもそれなりの成績を残すことができました。(それなりに、ですが。お察しください)

 

勉強の方はてんで駄目でしたが、理科は好きでした。

高校に入学しまして(商業科)部活には入らないと決めていましたが、

柔道部の人の良い先輩から

筋トレだけしかやらないから」「そんなに練習しないし

という甘い誘いと押しの強さに負け入部。

 

ここで、タイガくんと出会います。

 

タイガくんも同級生で柔道部だったんですね。

で、

そんな筋トレ部と化していた柔道部だったんですが、何を思ったか、顧問の先生。

「新たに二人も入部するぞ!団体戦出られるじゃん!!」

ということで、柔道魂に火が付いちゃったようで、

高校の部活動はだらだらーっと過ごして、道場でマンガでも読んで、時には筋トレして、と思い描いていた高校ライフが早々に終わりを告げました。

ですが、なんだかんだ部活と言うものはやってしまうと、3年間、楽しいものでした。

中学と併せて、柔道歴が6年と中々、やることになったわけです。

高校卒業後の進路

幼い頃からの夢がありまして

『水族館で働きたい』

イルカの調教師になりたい』

泳ぐの好きでしたし、水族館好きでしたし。

だからそっち系の専門学校に行こうと思いました。

ですが、母親、担任の先生はじめまわりの大人の方は

 

「やめたほうがいい」「専門学校行くなら、就職したほうがいい」「公務員試験を受けなさい」

 

と非難の嵐。

 

今となっては、わけわからん先行き不透明な動物飼育関係の仕事より公務員などの明確で、安心で、安全であるレールの上を歩いて欲しい。

との親の願いはわかります。

が、当時のボクはそれが嫌だった。

 

大人が敷いたレールの上を歩きたくなかった。

自分の進む道は自分で決める!!

と息巻いて専門学校に入学します。

だけどやっぱり甘くなかった。

そこの動物の専門学校は

  • トリマー
  • 動物看護師
  • 動物飼育(海洋生物に特化)

の動物系資格取得を売りにしている専門学校です。

もちろん僕は動物飼育のコースに入りました。

新しい世界に触れることはとても楽しく、水族館の見学では、普段の展示ルートから見るのではなく、バックヤードを見学させていただきました。

それはそれは良い思い出です。

専門学生生活を過ごし、先輩と交流したり、実際に働いている人と接するわけですが、

そこで

「飼育員の実際」

の話を聞きました。

 

飼育員は辛いよ?生き物相手だから、24時間営業だよ

飼育員は辛いよ?36歳になっても手取り13~4万だよ

 

と。

ホントかどうかは今となってはわかりません。

 

ただ、右も左もわからない、18歳ぐらいのペーペーが聞く話としては衝撃的でした。

 

え・・・それって食ってけねーじゃん

36歳でそれは、結婚もできないのでは・・・

 

などなど、不安でしかたなくなり色々な感情が積もり積もって専門学校を辞めるにいたりました。親不孝ニート期が始まったわけです。

 

家の外にでないニート期

今思いだしても、何もしてない不毛の18歳の夏。

お昼頃に起きて、遅めのご飯食べて、ゲーム、マンガを読んで、夕ご飯を食べて、深夜アニメを見て、なんとなく眠くなったら寝る。

起きる、食べる、寝る。起きる、食べる、寝る・・・・

その繰り返し。

ほんとに堕落した生活を送っていました。

 

ニートとか引きこもりの生活って、やばいっすよ。

3ヶ月間、ニートしてみましたが、1ヶ月ももたんすよ。

親、親戚からの無言の圧力。友人からの圧力。

自分自身「何やってるんだろう・・・」という焦り・・・

で、

さすがに無収入で日々を過ごすのはきついものがあったので、

近所のコンビニでバイトをし始めます。

 

コンビニ、焼肉屋、パチンコ屋の清掃・・・

合わせて読みたい

「とりあえず大学いったら?」

ある日、いつも通り、バイトし帰ってきて、マンガを読んでいると、母から、

母「これからどうするの?」

MEGA「いや、わからんけど・・・・」

母「とりあえず大学行ったら?」

MEGA「え!?」

というわけで、それから大学生になりました。

 

とりあえず大学に入ったが、何がやりたいのかわからなかった。

とりあえず大学(いわゆるFラン大学)に入ったのはいいが、

自分は何がやりたいのか、 何をすべきかわからず 単位取得のために、聴きもしない授業に参加。

 

当時PSP(プレイステーションポータブル)でモンスターハンターが流行っていたこともあり、

友人と授業中にピコピコ・・・・

食堂でピコピコ・・・・

親の金で行っているのに親不孝もここに極まれりですね。

 

今思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 

やっとやってみたいことが見つかる。

大学一年生の夏休み。

大学生の夏休みなんて、ほぼニートの生活と一緒なんですよね。

起きて、テレビ見て、飯食って、寝る・・・・

ニートと大学生のボクの違いは、 社会的(大学生)に属してるか、属してないか。

 

ある日、その日もお昼近く遅く起きて、ごはん食べながら、テレビ見ていまして、 今は懐かしき

ごきげんよう!」

という番組がやっていました。

 

その時、須藤元気さんが出演されていたんですね。

多分その頃は格闘技も引退されていたんですが、 その時の話が引退後に『四国八十八箇所めぐり』でお遍路を行ったという話をされていたんです。

今となっては、どんな話をされていたか詳しく思い出せませんが、

印象に残る言葉はありまして、

『自分が変われば、世界が変わる』

その言葉に、 ガツーンと頭を叩かれた気がしました。

 

当時のボクは、   周りが変わらないからこんなに辛いんだ。

世の中が悪い。

ムカつくあいつが変わらない。

と他人、周りを気にして必死でした。

 

しかし、周りは変えられないもので、変えられるのは自分自身だと、 強くその言葉で考えさせられました。

 

そして、その瞬間からいてもたってもいられず、お遍路関連のことをネットで、本で調べ、次の年の春休みに四国八十八箇所めぐりを行いました。

 

その辺の詳しい話は、またの機会に。

 

とりあえずやってみる。

お遍路を行ったあたりが、僕のターニングポイントになるのでしょうか、

わからないから、やりたくない

という意識から

わからないなら、実際にやってみたらいいじゃん!!

という意識に シフトしていきました。

 

そこからは本を読み、人と積極的に関わり、教員免許を取って、 大学卒業後は 学校の講師になりました。

 

今後の人生と働き方に疑問を持った社会人

講師と言うのは、普通の教師と違い1年更新制なんですね。

一応肩書上は公務員ということになるのですが、一般企業で言うところの、1年の契約社員と考えてもらえればいいと思います。

とは言え、なんだかんだ言って、学校の先生です。

久しぶりの友人と会えば、「え!先生なの?」とちやほやされるのは悪い気分はしませんでした。

 

ただ、授業で生徒に「就職について」を教える時。

新卒で他の企業経験もなしに教師という肩書をもった僕に、

就職したらこうあるべきだ!!あいさつと礼儀だ!!仕事はこういう態度で望め!!

ということを教える。

 

僕にはそれが違和感でしょうがありませんでした。

 

なんていうか発する言葉にリアリティーを感じないといいますか、を感じないといいますか。

「お前がそれを言うか!!」

みたいな。

 

もちろんそれが悪いとは思いません。

僕たちもそのような先生の元で教わって育って来てますから。

 

ですが、どうしてもその違和感が抜けきれず、4年間という先生生活を終わりにしました。

ということで、次なる選んだ仕事は一般企業の会社員でした。

「とりあえず、一般企業のことも知っておきたい!!」

と思い今に至ります。

 

収入の柱は1つじゃダメだ

で、現在僕は会社員の他に、

  • 中古車売却代行
  • 実店舗へのアドバイス
  • ブログ運営

をしております。

 

今の時代性を考えて、終身雇用なんてものはないんですね。

突然急転直下で、収入がなくなることなんてザラですよ。

業務に差し障りがあるから複業禁止なんてところは、居なくてもいいところです。

今所属してる会社はあなたを最後まで守ってくれますか?

「できます!!」と答えられる方がいるなら、教えてほしいです。

 

会社は守ってくれませんよ。

 

だったら、自分で守れるように考えるしかないじゃないですか。

 

僕は、収入の柱は複数持っていたほうがいいと思っています。

だから、勉強するし、いろんなことに挑戦したいと思っています。

 

全てをこのコートに置いてこよう

バスケットマンガ「スラムダンク」の一説です。

教員の仕事に仕事というもの自体に疑問を持っている時、   出会った人がいました。

学んだことがありました。

意識を、世界を変えてもらいました。

それを全てコートに置いていく想いで発信したいと思います。

このブログへの想い

この激動の世の中で20代を生きてる人たちにもっともっと殻をやぶってほしいんですよね。

子どもの時に思い描いていた大人像と今は違いますか?

日々の人間関係にHP(ヒットポイント)削られてませんか?

本当にやりたいことやりたくてしょうがないんじゃないですか?

僕はみなさんにモノを教えられるような高尚な人間では決してありません。

でも、 僕がこれまで   見てきたこと、経験した事、学んだ事、考えたこと、 今では全てが身になっていると感じます。

他人は変えられない」かもしれません。

ただ、数年前の自分に対して「こういう経験、知識」を持っていたら何か変えられるんじゃないか? という想いがいつもありました。

 

どこかの誰かが、「人生は無駄なものばかり」と言います。

ですが、少しでも、   「人生って無駄なものはないよね」   と思えってもらえる様なブログを、

情報を、 クソ真面目に、時にはおかしく、 発信していき、共有していきたいと思います。

どうぞ末永くお付き合いくださいませ。

 

長々と書きましたが、ご覧いただきありがとうございました。

少しでも僕という人間が伝わりましたか?

これからもガシガシ書いていくので、

よろしくおねがいします!!

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